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カテゴリ:どなたかのお力になれたら(後期流産)( 11 )



まだ続いているのかよっ!?と思われるかもしれませんが、これでたぶん最後です。



誘発分娩&処置手術をしてから、検査結果が出てくるまでの約3週間強の間が一番つらかったと思います。

意識しなくても、気づいたら泣いていたり、

特に退院直後は、ホルモンバランスの乱れもあったと思うので、感情の起伏がジェットコースターみたいでした。


とりあえず、ひたすら悲しみに浸ろう、ということと、

あとは、ブログもそうですが、自分が一番表現しやすい方法でカタルシスをしよう、

それだけを考えていました。



ようやく出た、検査結果。


やはり、私が思っていた通り、「トリソミー18」でした。


22本対ある常染色体のうち、18番目の染色体が1本多い状態でした。

生まれてこられる可能性は5~10%。
そして、生まれてこられても1歳の誕生日を迎えられる確率もその中の10%。
多くの場合、非常に重い障害を持って生まれてくる、そうです。


うちの場合は、完全型トリソミー18で、1本丸々本数が多いトリソミーでしたが、

型によっては、遺伝の可能性があるものもあるそうですが、完全型の場合は、

ただ、偶発的に発生したもの、だそうです。




結果が出て、勿論、お腹の中にいた子がまた戻ってくるわけでも、やり直せるわけでもありませんが、

それでも私はスッキリしました。

私の場合は、けじめをつけるために、結果を知ることが大切でした。

そして、結果をしれたことで、一区切りつけられた気がします。



流産・死産もグリーフケアが必要なエリアだと思うのですが、

病院からも聖職者(キリスト教系の病院だった)からのケアカウンセリングの希望有無を聞かれました。

私は希望しない、に〇をして書類を提出したのですが、今となっては、経験のために受けてみてもよかったかな、なんて思えるくらいに復活しました。


自分自身がカウンセリングの勉強をイギリスの大学院でしたこともあり、ヒーリングのプロセスなど、

頭で知っていることはありながらも、やはり自分自身が実体験としてそのプロセスを踏むとなると、

はじめは、

「本当に、私、この闇から抜け出すことが出来るの!?」

と半信半疑だったりもしました。


でも、人間って、よくできているというか、ちゃんと自分で落とし前を付けて、それで前へ進めるようになっているんですね。

勿論、亡くなってしまった子のことは一生忘れないと思いますが、

そのことについて、ちゃんと自分なりの解釈・納得をして、前へ進んでいくのだと思います。



流産・死産をしたお母さんの数だけ、ストーリーがあると思います。

ある人は、

「忘れ物をとりに空に還ってしまった」

とか、またある人は、

「大切なメッセージを伝えにきてくれた」

とか。



色々なお母さんたちの解釈ストーリーをブログなどで読みましたが、

私自身と照らし合わせてみると、なんとなくどれもしっくりとこず。



でも、私にもあるとき、「ふっ」と今回の流産の理由が分かる瞬間がありました。



私のストーリーは、

前提として、「輪廻転生」の概念が必要なのですが、こんな感じです。


お腹の中にいた子は、

現世・人間界を終わらせて、
次のステージ(天界か、ニルヴァーナか、よく知りませんが、とにかくそんなところ)に進むために


あと「1単位」。

あと「1単位」だけ必要だった、のではないかと。


だから、生まれてくる必要がなかった、というか、

お腹の中に宿って、十数週間、お腹に滞在するだけで十分だった

それで、単位が取り終えられたから、

人間界にバイバイして、

いち早く、

ママより、パパより、お兄ちゃんの坊より、

誰よりも早く、


イチ抜け♪して、次の高次なステージへ進んでいったんだな、と。



非科学的とか、そんな世界はない、とかなんと言われようとも、私の中ではそれが事実なのです。

こうして、自分自身のストーリーが、自分の納得する形で結論を結べたことが大切で、

ストーリーを完結させることが、私が、身体精神的バランスをまた均衡に保つために必要なことなのだと思います。




自分自身の解釈ストーリーが完結し、

それで納得出来たとき、

本当の意味での癒しが起こり、

そしてそれがきっかけで次のステージへと駒を運ぶことが出来るのだ、

そう私は自分の体験を通して学びました。





勿論、私がその段階まで這い上がってこられたのは、多くの、本当に多くの人の助けがあったからです。

恐らく、流した涙の半分以上は、「悲しみ」よりも、そんな多くの人の「温かさ」に触れて、癒しの涙だったと思います。


私の好きなスープをいち早く差し入れてくれたご近所さん、

同じく私の好きなケーキをいち早く差し入れてくれた友達、

手紙とお花をくれたヨガの先生、

ただただ抱きしめ、泣いてくれた多くの友達、

数えきれないほどの花束、

じっと私の涙を受け止めてくれた人たち、

日本から元気になれるように支援物資を送ってくれた友達、

食事、お茶に誘ってくれた友達、

そして、日本から駆けつけてくれた母と、日本にいながらも常に心配してくれた父と祖母。




今回、計り知れないほど大きな存在を失いましたが、

こんなにも、自分や我々家族を支えてくれる人が、ドイツに、日本に、その他の国にいるということを実感し、

悲しみのなかだけれど、同時に幸せな気持ち、守られている安心感、温かい愛を感じました。

そして、有難く受け止めさせて頂きました。



また、長々とこのブログで思いの丈を吐露させてもらい、

充分にカタルシスさせてもらいました。

ブログを通して、ご自身の経験などをシェアして下さった皆さんの存在もとても大きかったです。



私は、そして亡くなった子を含め、私の家族は、多くの皆さんに愛を頂きました。



本当にどうも有り難うございました。



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by new_message24 | 2017-10-02 17:27 | どなたかのお力になれたら(後期流産) | Comments(0)

※※※ 妊娠・流産についての記事が続きます ※※※

※※※ 苦手な方、読みたくない方は読み進めないで下さい ※※※








出産・手術の次の日、午前中に回診があり、もう退院してもいい旨が伝えられました。

特に診察はなく、掛かりつけの婦人科に電話して検診の予約をとるように言われたのと、

その際渡す手紙を貰ったのと、

あとは、母乳が出てこないようにする薬をもらっただけで終了でした。



ただ、まだ病院でゆっくりしていってもらってもいいので、あと1泊したければどうぞ、と言われました。


私は、午前中だけゆっくり寝させてもらって、お昼ご飯を食べてからゆっくり支度をして退院することにしました。




出てきた赤ちゃんは、別の階の分娩室があるところで保管されていて、

「いつでも会いに来てください」

と。



旦那も対面する決心をし、2人で最後のお別れに行きました。



分娩室のひとつに通してくれて、

ヘバメさん(助産師さん)が、きれいな箱に入った我が子を連れてきてくれました。

そして、好きなだけいてもらってもいいから、とヘバメさんは退出。



お腹の中で死んでしまった子は、お母さんが危なくないように自分で自分を溶かす、

と聞いたことがありましたが、

昨晩見た時よりも大分小さく縮んでしまっていました。

(なお、分娩直後にヘバメさんに写真を撮っておくことを強くお勧めされ、

でも、自分で携帯のカメラを向けるのは抵抗があったので、

ヘバメさんに赤ちゃんの写真を撮ってもらいました)



夫婦で泣くことしか、出来ませんでした。



その部屋は、私が坊を生んだ真隣りの部屋。

普通なら、新しい命が生まれてくるはずのその部屋で、

もう空に還ってしまった自分の子に対面するなんて、

想像すらしなかったな。






病院では、医師をはじめ、看護師さんやその他スタッフの皆さんに本当によくしてもらいました。

やはり、デリケートな理由での入院だったので、皆さん細心の注意を払ってくれたようにかんじました。


ただ、他に子どもがいるのか?

と聞かれて、いる、というと、


せめて、それだけでもよかったね、的なコメントをもらうことが多かったのが、ちょっと違和感でした。


1人、正常な子がいるだけでも救われるね、ということなんでしょうし、

ほかに、かける言葉もないのもわかるのですが、


坊は坊、次男は次男だと思います。


1人いたからよかった、という問題ではなく、

どんな子であろうとも、その一人一人が親にとっては大切な存在です。





退院してから1週間は安静に、ということで、旦那も極力仕事を休んでくれ、本当にゆっくりさせてもらいました。

その後も、急きょ日本から母親が来てくれ、幼稚園が始まる前まで特に助けられました。



1週間後に、掛かりつけの婦人科で検診を受け、異常なし。


あとは、検査結果が出たら、また連絡をくれる、と言われて帰っていきました。







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by new_message24 | 2017-09-18 06:02 | どなたかのお力になれたら(後期流産) | Comments(0)

※※※ 妊娠・流産についての記事が続きます ※※※

※※※ 苦手な方、読みたくない方は読み進めないで下さい ※※※









「誘発分娩」というと、

分娩室で、

苦しんで、

産む


・・・というイメージだったので、



まさか、寝っ転がって本を読んでいる間に、

勝手にするりと出てくるとは思わず。




なんだか、思い描いていた分娩とは全然違っていて、

現実を受け止めるのに手こずっていた私ですが、


そんなこんなしているうちに、



手術室の、あの映画とかでよく見るライトの下にいました。



その時、深夜。

深夜の手術か・・・

先生の手元が狂いませんように・・・

と祈る私。




手術室には、麻酔医、看護師さん?2名、そして、


・・・新米先生っ!!!!


で、その隣に男の先生。




心から祈りました。

「処置を行うのは、新米先生ではなく、隣の男の先生であってくれ」

っと。

(結局、手術のことは全く記憶がないため、誰がやってくれたのか不明。
・・・でも、知らない方がいいこともあるはず 苦笑)




陽気な麻酔医(2年前、同じ病院で手術を受けた旦那の際も違う麻酔医だったけど、陽気だったらしい)が

「はーい、じゃぁ、深呼吸してー。麻酔が効いてきたなぁ、と思ったら合図してね~」

と言われ、吸引マスクを付けられました。



「こんなもんで効くんかいな」

と半信半疑な私。



でも、2呼吸したところで、

麻酔の力には勝てず、


必死に麻酔医に目で合図して、


私は深い眠りに落ちていきました。









麻酔って本当にすごいですね。
(全身麻酔初体験だった)


最後に手術室で時計をみたときは23時45分。

次に意識が戻ったときは、手術室の隣の「目覚めの部屋」で0時30分。



その間の45分間。

私の人生にぽっかりと空いた空白の時間。




手術台に、高く足を上げるようの台とかが設置されていたのを見ていたのですが、


あんな、両足を高くおっぴろげていたのに、全く記憶がないなんて・・・


怖いっ!!!




手術後は、出血があっただけで、

全く痛みも、違和感も、不快感もなかったので、


なんだか、

「本当に手術したの!?」

という感じでした。





自室に帰り、あとは寝るだけ、になった私。


麻酔が覚めた後は眠くてたまらなかったのに、

頭が冴えて全然眠れず。



麻酔のせいだけでなく、

その日1日で起こった様々なこと、様々な感情を思うと、

おのずと興奮してしまい、


結局朝方まで寝付けませんでした。


(そしてベッドの背中が微妙に高くなっていて、それを直そうにも、リモコンが下に落ちていて拾えず、体勢イマイチなこともあり)





ひっそりとした院内。

外ではしとしとと降り続く雨。




それはそれは、静かな夜でした。






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by new_message24 | 2017-09-14 17:31 | どなたかのお力になれたら(後期流産) | Comments(0)

※※※ 妊娠・流産についての記事が続きます ※※※

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朝の10時半に一番最初のCytotecを服用。

この薬、かなり強い薬みたいで、人によってはひどい吐き気や下痢を催すそうです。

私は、大丈夫でしたが、なんだかダルイというか、眠気が常にある(これはいつも!?)感じでした。



たったの1錠を服用した30分後、すでに出血がスタート。


その時点で、飲食が禁止になりました。(手術に備えて)
・・・ちなみにこの断食?、結局約24時間くらい続くことになりました。。。


そして、「もしも」に備えて、水洗トイレの使用も禁止に。
それからは、バケツがはめてある車いすトイレを使用するように、と。


出血した旨を伝えた看護師さんからも、

「痛みを感じ出したらすぐに言うのよ、あなたは痛みを感じる必要はないんだから」

と言われました。




それからは、旦那となんとなく時間を過ごしたり、うたた寝したり。

途中で旦那も一旦帰り、坊を連れてきてくれたり。


薬は4時間おきに1錠ずつ服用していきました。



お腹がなんとなくグルグルするような感じはありましたが、

痛みは一切なく。



途中で見にきた、指導医には

「陣痛のような痛みはない」

と言われたけど、


夜勤だった、明らかに新米の先生には

「かなりの痛みがくるはず」

と言われ、???



夕方、破水するも、痛みはいまだ訪れず。
(坊出産のとき、最後の最後まで破水せず、人工破水だったので、初の自然破水にちょっぴりビックリ)


夜、服用をやめてゆっくり寝て明日に備えるか、

それともこのまま続けるか、という選択肢がありましたが、

夜、その新米先生の内診があり、

「子宮口がほとんど開いていないので、このまま続けましょう」

と。



夜、4錠目を服用し、ベッドで本を読んでいたら、すぐに結構血の塊が出てきた感覚があり。


まぁ、このまま今夜は何にも起こらなそうだし、寝る前にパッドを替えようとトイレへ。





(注意) 以下、出産に関する内容で、リアルです!
読みたくない方は、戻るボタンで違うページへどうぞ

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓










トイレで、ズボンとネットパンツ(入院すると履かされるネットで出来たパンツ)を下ろすと・・・




そこには、我が子が・・・




ビックリする間もなく、つるつるしたその子は・・・・




トイレの床に・・・・





落下。。。







ぎゃーーーーーー!!!

赤ちゃん、落としたーーーーーっ!!!!





自分で拾い上げて、何か不都合でもあってはいけないし、


とすぐにナースコール。




夜勤の看護師さんがやってきて、


血相を変えてトイレに入っていきました。



それから、先生をすぐ呼ぶから、と


部屋に残される私。




とりあえず、旦那にSMSだけ送る私。






バタバタと新米先生とヘバメさん(助産師さん)がやってきて、


「赤ちゃんはどこっ!?」


と。




「トイレの床に・・・」

と伝えるも、


先ほどの看護師さんが、レスキューしてくれていたみたいで、

無事、ヘバメさんの手に。





その間にバタバタと私は手術着に着替え、準備。



事務的な質疑応答がありましたが、

新米先生が要領を得ていなかったみたいで、


ヘバメさんに怒られている新米先生。




「やっぱりこの先生、全然新人じゃーーーん!」

と心の中で思う私。




ヘバメさんに

「赤ちゃんを見たい?」

と聞かれ。



見たいもなにも、もう、超リアルに自分の足元に落ちていく子をみていますから。




こういった出産で、生まれてきた子を見たいかどうかは、本人の意思次第で、

もしその場で見たくなければ、写真を撮って、封筒に入れて渡してくれる、

というのが事前の説明でした。




改めて、我が子に対面。



臍帯ヘルニアがあって、お腹がプックリと膨れ上がっていましたが、

それ以外は、全く普通の赤ちゃんに見えました。



「性別を見てみようか」

と言われ、ヘルニアをよいしょっと上にあげると、




小さな小さな、突起が付いていました。




その子は、男の子でした。






最後まで、全く痛みを感じることなく、

確かに、何か大きなものが出てきた感覚はありましたが、

それが赤ちゃんだったなんて気づくこともなく、


文字通り、つるりっと生まれてくれた我が子。


本当に、全くの無痛でした。



最後の最後まで、気遣いをありがとう。



しかし、

最後の最後に「床に落とす」なんていう失態をして、

本当にごめんなさい。


・・・一生の不覚です。







それから、陽気な麻酔医がやってきて、

しばらくしてから、


ベッドのまま、深夜の病院の廊下をガラガラと、


手術室まで運ばれて行きました。








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by new_message24 | 2017-09-11 17:12 | どなたかのお力になれたら(後期流産) | Comments(6)

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朝一で駆けつけてくれたSちゃんとT君に坊をお願いし、私と旦那は病院へ。


入院の手続きを済ませ、入院部屋に案内されてから、診察室へ。



こちらでOberarzt/ärztinと言われる、指導医と、普通の婦人科の先生(若い)と2人による診察。
(若い先生を経験のある指導医が教えながら、的な)


最後にもう一度エコーをして、なるべく正確な大きさを割り出し、それに基づいて処置方針を決めていた模様。



先生によると、


・赤ちゃんがもうある程度の大きさがあるので、誘発分娩にする
→掻爬(そうは)手術(赤ちゃんを掻き出す方法)では、身体がバラバラになってしまうので、赤ちゃんに対してフェアじゃない

・誘発分娩にはCytotecという薬を使用する
→そもそも胃潰瘍の薬だが、副作用として子宮伸縮があり、今回はこの副作用を利用して誘発を行う
(日本ではこういった誘発分娩・中絶目的のこの薬の使用は禁止されているよう)

・初日は1錠ずつ服用して、もし生まれてこないようなら、次の日から2錠にする

・胎盤がまだ小さく、自然には出てこないので、出産が終わった後、すぐに子宮内容除去術の手術を受ける


とのこと。



子宮内死亡をしてしまった胎児を、そのままの形で出してあげることが、その子に対する礼儀、という考え方が目から鱗でした。

そういう理由であれば、自分もどんなに処置が痛くても頑張ろう、と。



先生が繰り返し主張したのは、

「なるべく痛みを味わわない方向でやりましょう。可能な限り痛み止めも出すから。」

と。


「貴方はもう十分、他の痛みを味わっているから」

という、

ものすごく人道的?な方針だと思いました。





日本では、このような誘発分娩の際、ラミナリアという海藻で出来たものを直接入れて子宮口を広げるそうなんですが、

これが激痛!と読んでいて、恐怖・・・だったのですが、


ドイツでは、薬1錠、それだけでした。




手術内容についても、説明があり、口頭で説明したことをその場で文章に起こし、それに「同意」という形でサインしました。




最後に、出てきた赤ちゃんをどうするか、という話。


ドイツでは法律で500グラム以下で生まれてきた子は埋葬の義務がないそうです。
(日本では12週以降で生まれてきた子は火葬義務あり)


選択肢としては、

・そのまま病院に処理(という言葉が正しいかはわかりませんが)を任せる

・自分たちでこういったケースでも対応してくれる埋葬業者を探す

・マンハイムの墓地にある、こういった子供たち(Sternekind・星の子と呼ぶそう)のために、「蝶々の会」という組織があり、年に2回埋葬のセレモニーが行われるので、そちらのSternekind専用の共同墓地に埋葬する



それまで、私は病院で一切泣きませんでしたが、さすがに埋葬についての話が出てきた際には、

耐え切れずに

泣きました。


「蝶々」って・・・。
悲しすぎる。



その場で決めなくてもいいので、決めたら書面にサインして病院に提出してください、とのことでした。




それからは自分の部屋に戻り、

・採血と、緊急時に輸血ができるように&点滴ができるように血管に管を通しておく処置

→ちなみに、毎度、血管がわかりづらく、左手に針を刺すも、血管にうまく刺さらず、結局右手にすることに。
そしてこの失敗された左手が痛かった・・・。
先に書いてしまうと、この血管ミスが今回の分娩・手術の入院を通して一番痛かったこと、というオチ(苦笑)


・麻酔医から、麻酔についての説明


がありました。



あとは、看護師さんが最初の1錠のCytotecの薬を持ってきてくれました。


直径たった0.5センチほどの錠剤。


この錠剤が、


私と

お腹の中の子を


物理的に引き離す



と思うと、



なかなか薬を飲みこむまでに、勇気が必要でした。





(備考)
日本では12週以降に流産・死産した子を火葬するために、死産届が必要だそうですが、
海外で生まれた子(流産・死産)については、届け出は不要、とのことでした。
(ミュンヘン領事館に問い合わせたところ)





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by new_message24 | 2017-09-07 18:20 | どなたかのお力になれたら(後期流産) | Comments(0)

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そもそも、あまりドイツで周りの人に今回の妊娠のことを伝えていませんでした。
(1か月、日本に帰っていたので、その後でいいか、と思い)


急に、処置入院することになり、困ったのは「坊」。


タイミング悪く、幼稚園は夏休み中。


そして、仲のいい近所の友達で今回のことをすべて知っている人たち(4ファミリー)は全員旅行中。




急いで、入院前日夜に、仲良くてもまだ妊娠のことすら言っていなかった友達、そして、入院する日の次の日にたまたま来ることになっていた旦那お姉さん(同じく何も知らなかった)に連絡。




「実は妊娠していたんだけど、今回こういうことになって、明日入院することになったんだけど、坊を預かってもらえないか?」と。





出産も2人目以降はいろいろと実在する子をどこに預けるか、で色々アレンジが必要ですが、それは流産処置時も同じ。


手術だけだったら、自分ひとりでもいいかな、と思いましたが、


私のケースは分娩付きだったので、やっぱり旦那には一緒にいてもらいたかった。


なんだかんだやっているとはいえ、この局面で私のドイツ語力を超えた説明とかがあっても嫌なので。





結局、前日夜連絡→翌朝7時半に毎度Sちゃん(坊が赤ちゃんの頃から一番懐いている人、赤ちゃん時代唯一預けられる相手だった)とT君(仕事に行く前だった)が来てくれ、14時まで坊の大好きなTechnomeum(テクノロジー博物館)へ連れて行ってくれました。


そして14時からは、3時間かけて南下してきてくれた旦那お姉さんとバトンタッチ。


その翌日は午前中がお姉さんで、午後からはまた別の友人宅、


と、華麗な(?)バトンつなぎが行われました。



坊とも気心知れた相手に預かってもらえたお陰で、私もまったく心配せず、ゆっくりお腹の中の子との最後の時間を過ごすことが出来ました。






いきなりの入院!でしたが、私も1度出産で入院していたし、旦那も手術で入院したことがある場所だったのもよかった?です。

・・・何を持っていったらいいか、分かっていた、という点で。

(例えば、部屋のバスルームにハンドソープがないから各自持ってこないといけない、とか、手術着はあるけど、出産のときは私服だからもう捨ててもいいような部屋着を持って行ったほうがいい、とか)





そして私は、静かで穏やかな空気が漂う一人部屋(相部屋でしたが、最後まで一人だった)へ腰を落ち着けたのでした。










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by new_message24 | 2017-09-05 16:34 | どなたかのお力になれたら(後期流産) | Comments(0)

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ついにやってきた羊水検査の当日。



外はしとしと雨の降る、夏なのに肌寒い、どんよりとした羊水検査日和でした・・・(自虐)





いつも坊を預かってもらっている上の階のファミリーが不在だったため、


坊は近くに住む日本人のお友達宅に預かってもらいました。
(Aちゃん、そして助っ人で来てくれたMさん、本当にどうもありがとうございました!!!)




大人げないかもしれませんが、私は本当にこの羊水検査が嫌で嫌で・・・。


何が嫌って、「針」がこの世の中で本当に嫌い。


(子どもの予防接種もまともに見られない。そしてうちの坊は注射が全然OKでまだ人生で1度も注射時に泣いていない)




私は、血管がわかりづらく、高確率で採血を失敗される人生を歩んできたため、

針に対して本当に抵抗がある。



それなのに、おなかにブスッとさすなんて・・・(くらっ)




散々周りに弱音を吐きました。


「羊水検査、怖い・・・」


と。





午前中の予約でしたが、専門医での予約が押していて、結構待ちました。


この間、緊張マックス。




前のカップルは、羊水検査の結果を聞きに来たらしく、診察室から戻ってきた2人が泣いていたのを見て・・・

本来の羊水検査の目的に関しても、もちろん、緊張超越マックス。





いろいろ、リスクとかが書かれた同意書にサインし、診察を待ちます。




私の順番がきて、まずは先生から改めて羊水検査の内容について説明を受け、それから質疑応答(聞くべきことなんて全く思い浮かばなかったですが)。

次に、再度エコーを。






・・・・で、ここですぐにわかりました。




お腹の中の子の心臓が動いていなかったことが。







実は、フィンランド旅行中に、

「あ、あの子はもう、旅立ってしまったな」


という瞬間がありました。



(どうしてわかったか、は、言葉では説明できないのですが)




旦那にも、

「多分、もう心臓が止まってしまっていると思う」


と伝えていたので、



エコーを見た瞬間、


2人とも、すぐに心臓が動いていないという事実を、「再確認した」という感じでした。





しばらくして先生からも、

「自然の摂理でこういうことになりました」


と死亡を伝えられ。




「あぁ、やっぱりあの感覚は間違ってなかったんだな・・・」

と思いました。






悲しみに浸っているまもなく、すぐに掛かりつけの婦人科に行くように言われ。



そして婦人科でも、

「今から病院に電話を入れておくから、明日の朝、7時半~8時に病院へ行って入院するように」

(出産も通常の検査は開業医で、出産自体は大きな病院になります)

と。




どこの病院がいいか、と聞かれましたが、


私はうちから一番近い、坊を出産した病院を選びました。




誘発分娩になるので、恐らく何泊か入院することになるかもしれない、とのこと。






「あぁ、ついにこうなってしまったな・・・」」

というのが正直な実感でした。






その日1日、涙すら流れないほどの急な展開でしたが、


預かって貰っていた坊を、お友達宅に迎えに行った際、



そちらの子に

「赤ちゃん、どうしたん?もう出てきた?」


と言われ、一気にぐっと。



そして、お友達が、

黙って、泣きながら抱きしめてくれて、



私は泣きました。





それは、勿論、とてつもなく悲しいという気持ちと、


あとは、自分のことで一緒に涙してくれている友達の温かさに触れて、


自然に流れてきた涙でした。







結局、羊水検査は受けなかった訳ですが、こんな風にも思います。




私が散々、

「羊水検査、怖い!いやだ!」

と言ったから、



お腹の子は、羊水検査になる前に・・・と旅立ったのではないか、と。



偶然それが、その子の寿命だったのかもしれませんが、

羊水検査をして、

結果を待つ間、

とかではなく、


ママが嫌がっている羊水検査の前に、


というのに、「意思」のようなものを感じてしまいます。





それを加味したタイミングであったのなら、



ママに針の恐怖を味わわせないでくれて有難う、

と、

ママのわがままのせいで急かしてしまってごめんなさい、


と、 伝えたいです。




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by new_message24 | 2017-08-31 16:10 | どなたかのお力になれたら(後期流産) | Comments(0)

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専門医に掛かり、高い確率でお腹の子に「染色体異常」があることを知った我々。



ドイツでは(日本でもそうだと思いますが)、胎児に障害が見つかったから、という理由での人工中絶は認められていません。

ただ、例外として、母体が危険に冒される場合はそれが認められるそう。
(肉体的、精神的に)




中絶するという道もあるのかもしれませんが、私はそうすることは全く考えませんでした。




これまで染色体異常については全く知識がなかったので、(色々読んで落ち込みましたが)片っ端から可能性について調べてみました。
(素人が書いた文章や、掲示板のようなところの情報はあてにならないと思っているので、主に医学従事者向けに掛かれた文書を中心に)




21トリソミー(ダウン症)だった場合は、高い確率で生まれてきてくれるはず。
私の住んでいる地域には、サポート施設も整っているので、この場合は合併症などのことはあるにせよ、ひとまず安心、と私の中で位置づけていました。

(でも、直観でなんとなく、21トリソミーではないだろうな、と思っていました)



18トリソミー(エドワード症候群)か、13トリソミー(パトー症候群)の場合は、生まれてくる確率が既に10パーセント。
そして、生まれてこられる子は圧倒的に女の子の場合が多いそう。(やはり女子は男子より遺伝子的に体の構造が強いそう)

生まれてこられたとしても、数時間や数日の命かもしれないこと。
1歳までの生存率は10%とのこと。
重度の障害や疾患を持って生まれてくること。

・・・遺伝子が1本多いだけで、これだけ過酷な人生が待っているんですね。。




私は、人の命(赤ちゃん)を私が決めるわけにはいかない、と考えました。

この子には、きっと与えられただけの寿命があるはずで、私がそれを決める立場にはない。

だから、頑張って、お腹の中で生き延びて、それで生まれてきてくれるのであれば、生活が一転する毎日が待っていようとも、

やがてやってきてしまうであろう、早い別れで心を引き裂かれることがあろうとも、

それでも、天命を全うするサポートをしよう、そう思っていました。



ただ、物凄い苦しみや痛みを伴って生まれてきたのであったならどうだろう。

それを味わわせることは、人道的にどうなのか。
(少し前にイギリスの病院・裁判所が乳児に対して延命措置を行わないという決定をして大きく世論を動かしましたが)

苦しみを与えてしまうのだったら、私は正しいことをするのであろうか。

生むことで余計な痛みを味わわせてしまうのであろうか。




生むことも、

逆に生まないことも、


それは、私のエゴであるのではないか。



そう考えだすと、本当に正解がない、いずれにせよ、悩み苦しむ問題なのだ、と


はじめてこんなに真剣に命の問題について直面しました。






旦那は、


「徹底的に話し合いもしたいし、意見・考えもオープンに聞きたい。

でも、最終的には私の意思を尊重したい。」


と言っていました。



家族みんなに関わることですが、どの選択肢をとろうとも、身体的・精神的に一番影響を受けるのはやはり母親です。


なので、私が一番納得するように最終的には決めてほしい、ということでした。





うちの旦那らしい、意見でした。


絶対に、

「すぐに中絶しよう」

と言わない人だとは思っていましたが、


やっぱり、私がそうする意思がないのであれば、それがいい、と。







色々色々、四六時中、本当にこのことばかり考えて悩みました。



しかし、出生前診断っていったい何なんだろう、と。


今はまだ、染色体異常しか血液検査や羊水検査では分からないと言います。

でも、今後もっと技術が発達すると、胎児の将来的な発達障害や、精神疾患なんかまでも、生まれる前に分かるようになる日がくるとも言います。



ひと昔前までは、生まれてくるまで分からなかったのに。





結局、うちの子は、ママを悩ませたくなかったのか、早くの時点でサヨナラを言ってかえっていってしまいましたが。



とっても短い命でしたけど。




詳しくはまた書きますが、私は死亡した状態で生まれてきた我が子を、しっかりこの目で見せてもらいました。


その際、ヘバメ(助産師)さんに、

「この子は、お腹の中で苦しみを味わったの?」


と聞きました。



すると、ヘバメさんは、


「大丈夫。この子は、お腹の中で全く痛みや苦しみは味わっていないよ。」


と。



・・・確かめようはないですが、痛みや苦しみを経験せずに済んだのであれば、



私はそれだけでも救われます。




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by new_message24 | 2017-08-24 18:20 | どなたかのお力になれたら(後期流産) | Comments(6)

※※※ 妊娠・流産についての記事が続きます ※※※

※※※ 苦手な方、読みたくない方は読み進めないで下さい ※※※








あれよあれよと事が進み、気が付くと我々夫婦は婦人科の中でも遺伝子や染色体、出生前診断の専門医の待合室にいました。


色々と事情を持った妊婦さんが来るこの医院。

気のせいかもしれませんが、待合室の空気も重いです・・・。(完全予約制なので、自分の前の人がいただけでしたが)




私の婦人科主治医のエコーとは月とすっぽん以上に違う、最新鋭のエコーで1時間みっちりエコー診断。


静かな先生で、アシスタントに記録用に専門用語をときどき発する以外は終始無言。



・・・おっ重すぎる。。。

そして怖すぎる。。。





結局、最後の方で、3点、異常が認められた箇所について教えてくれました。

恐らく、染色体のいずれかの番号に問題があるのではないか、ということ。

具体的に診断するには、羊水検査をするしかない、とのこと。



その際、染色体異常の例えを挙げて話をしてくれましたが、例えば、予後がいいとされる21トリソミー(ダウン症)やターナー症候群かもしれないし、予後が悪い18トリソミーか13トリソミーかもしれないし、と。



赤ちゃんの異常点のうちの一つが「単一臍帯動脈」というもので、

へその緒には通常、2本の動脈と1本の静脈がないといけないところ、

私と胎児をつないでいるへその緒には動脈が1本しかないそう。

(そんなところまで見えるエコー、すごいです)


なので、栄養がちゃんと赤ちゃんにいっていないこともあり、赤ちゃんが通常その数週の平均よりも全然小さく、そうなると十分な組織が羊水内に浮遊していない可能性が高いので、あと1週間待ってから羊水検査しましょう、ということになりました。


なお、今後出産に至った際は、出産時に十分な酸素が赤ちゃんに届かないため、その場合は帝王切開になります、と言われました。




「染色体異常の可能性大」

と専門家に言われ、意気消沈したのは言うまでもありませんが、それならそれで、どうするか、検査までしっかり考えよう、私はそう思いました。


しかし、採血だけでも毎回必死に耐える位、私は針が嫌いです・・・。


私にとって羊水検査は、本当に本当に、帝王切開よりも怖くて、相当ビビッていました。。。



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by new_message24 | 2017-08-21 23:22 | どなたかのお力になれたら(後期流産) | Comments(0)

※※※ 妊娠・流産についての記事が続きます ※※※

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お腹の中の胎児に異常があるかもしれない、と言われたのは日本ででした。


坊を妊娠していたときと同じく、私はものすごくつわりが軽く(というかほとんど無かった、しかも私は食べつわりタイプ)、7週目頃にはもう元気で普通の生活をしていました。


予定していた通り、7月には日本への一時帰国も果たしました。



ドイツへ帰る直前に、日本の婦人科へ便秘のための薬を処方してもらうためにかかったのですが、そこが青天の霹靂ポイントでした。



日本のエコーって、本当に性能がよくて、色々くっきり見えるんですね。

ドイツの他の婦人科はわかりませんが、私がかかっているお医者さんのところは、エコーが古くて性能が悪くて、全然よく見えません。

妊婦検診も出産も全部保険でカバーされるので、贅沢は言えませんが、それでもエコーは検診のたびにやってもらうためには別途100ユーロ(坊のときは70ユーロだったから4年で30ユーロも上がった!でもエコーの機械はそのときと同じもの・・・)払うため、それでこのクオリティか・・・という感じ。



で、日本でエコーで診てもらった際、9週目には「順調ですね」の一言だったのに、

そのときには先生が、

「気になるところがある・・・」

と。


その際、どこが気になるか、紙に書いてくれましたが、

「私の方で今、診断は言いません。ドイツのお医者さんに伝えて下さい。」

と言われました。



今思うと、先生はその時点でどんな可能性があるか、分かっていたんだろうな。。。




ドイツへ戻り、もともととっていた妊婦検診に、旦那も引き連れていきました。


でも、やっぱりそのお医者さんのエコーでは不鮮明過ぎて、問題箇所がよく見えない。


日本のお医者さんからもらってきたエコーの写真を見せても、よくわからない、とのこと。



で、すぐに遺伝子・染色体・出生前診断の専門医のところへの紹介状を書いてくれました。


ドイツでは夏やクリスマス時期、お医者さんはどかんと休暇をとるのですが、その専門医は来週いっぱいで夏休みに入る、とのこと。


急いで電話して、なんとか妊婦検診を受けたのと同じ日の夕方遅くに、専門医にも予約が取れました。




・・・ということで、初の専門医院の門を叩きました。



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by new_message24 | 2017-08-20 22:57 | どなたかのお力になれたら(後期流産) | Comments(0)